人と人で創り上げる家。
建設中はもちろん、お引渡してからも
おつきあいは続きます。

お訪ねしました

山岸さん

なんと、わが家の造作を自分で施工する!!
しかも、その実力にアイワの社長が惚れ込み、
木工技工士という天職に出会った山岸さん。

偶然がもたらした縁。始まりは「たまたま。」でした。

 山岸さんは、無垢材の表情を活かしたオンリーワンの芸術品といわれる、下駄箱やカウンターなどを作る木工技工士。きめ細かい仕事が評判の職人さんですが、実はアイワホームに来る前はJRの運転手だったという異色の経歴の持ち主。

  「55歳でJRを退職してその後ゆっくりと家を建てようと思い、いろいろ探していたときに、たまたまアイワホームの家も見学させてもらいました。家の中を見せてもろたんですけど、『なんや、これぐらいやったら自分で出来るなぁ。』と思ったんです。それに、同一規格の家に魅力は感じませんでした。」
これぐらいやったら自分でできる、と実際にアイワホームで外側だけ建て、なななんと、素人ながらに内装をすべて仕上げてしまったツワモノ。
社長も一目置くわけです。
出来あがった家を見た社長は、深い味わいのある天然の木の表情を活かした造りに一目ぼれでした。いたく感心して「うちで働かへんか?」と山岸さんを誘った(口説いた?)のが縁で現在に至ります。
アイワの家もこれを機会として大変身してゆくことになったのです。

きっかけを与えてくれたのは、アイワの社長。

 それまで趣味で子供のおもちゃを糸鋸で作ったことはあったけど、家作りはもちろん全くの素人。
それでも、危険物取扱者や電気工事士などの免許はJR時代に取得済みでした。「まぁなんとかなるやろ」と自分で作ることを思いついたものの、すんなりことが進んだわけではありませんでした。 なにしろいくら自分の家とはいえ、普通は素人に家作りを任せるなんて考えられませんから!

 「家を建てるときにこだわったのが強い家でした。外はコンクリートにし、中はログハウス調の全部本物の木にしたいなぁーと思っていたんです。で、そのようにアイワさんにお願いしたら『規格外は高くなるで。』って言われたので、『ほな、自分でやるわ!』って(笑)」 実は他社にも「家の中は自分で作らせて」と頼んでみたものの、どこの業者でもことごとく断られたのだとか。
「けど、アイワホームの社長だけは違ったんです。『おもろいなぁ、やらせてみたらええねん。んで、できへんって泣きついてきたらうちで造ったったらええねん。』って(笑) おもろい社長やで!」

いろんな人が力に。

 内装を自分でやると決めてから、まずは知り合いの指物大工に必要な道具を聞いて道具を購入。
その後、自分の田舎京丹波町へ定期的に帰る途中の能勢の製材所に飛び込み相談しました。どんな木がいいのか、またその木を譲ってもらえないものかと尋ねたところ、丁寧にいろいろ教えてくれて、北山杉の磨丸太を200本ほど売ってもらえることになりました。
完成して半年後に分かったのですが、何かに導かれるようにして偶然入って声をかけた会社がまた、実はアイワホームの取引先の製材所だったのです。よほど縁があったとしか思えません。
 「ここの製材所の社長も、見ず知らずの初対面の人間にすんなり売ってくれた懐の広さにびっくりですわ!こっちが恐縮して『おやっさん、手付け金でもちょっと置いとこか?』って言うても『かまへん、かまへん!』って(笑)」
 作り始めてからは、いろんな人にやり方を教わる山岸さん。 その情熱と温かい人柄も手伝ってか、職人さんは皆快くいろんなことを教えてくれ、いろいろと手を貸してくれたのだそうです。 自分で作ると言っても、実際はもちろんいろんな人の手を借り、助けてもらっています。こうして家を建てることで多くの縁が発展し広がっていきました。

ひとつひとつ、出来ていくたびに生まれる喜び。

 設計上のいろんな決まりごとなど一切ご存知なかった山岸さんは、家の間取りなどは造りながら考えて決めていきました。
例えば壁も「ここに立ったらここまで見えるから、じゃ、ここに作ろか」とか、「たんすも押入れの中に入れた方がええなぁ」とか、自分の感性を頼りに愛着をもってひとつひとつ思い通りの家をつくりあげていきました。
 それでも一番難しかったのは階段なのだそうです。
どうにもこうにもどうしたものかわからなかったので、発泡スチロールで階段のミニチュアを作ってみてそれを参考に図面を起こしました。
ミニチュアを作るという発想、そしてそれを実際に作って完成するとは脱帽です。家は手づくりが原点なのですね。
「そうやってひとつひとつ苦労しながら作っていくと、出来たときに『やった!!』と、ものすごく感動するんです。そういう感動が本来の物作りの喜びっちゅうか、楽しみでしょうなぁ。」と、山岸さん。
家は作品です。絵を描いたり、彫刻したりするのと同じなのです。

不特定多数が好む商品ではなく、縁に出会ったその人が喜んでくれる作品を。喜んでもらえることが仕事の原動力。

 今の仕事では「不特定多数の人に好かれる物よりも、ひとりひとりのお客さんの好みのものを作りたいんです。」と、目を輝かせて話してくれました。
  「そのために、お客さんと直接話しをして、ここに何を入れるのか、どんな風に使いたいのか、どんな感じがいいのか、ということを聞いてから、かわいがられて自然に育てられた木材を選んで作ります。物を作って喜んでもらえる嬉しさが仕事の原動力になっています。」
  創作をすることで喜んでもらえる、というところがJR時代と全く違うところなのだそうです。
運転手をしていたときは安全に走ることを一番に考えていたけれど、乗客にとっては電車が安全に動くのは当たり前。事故なく走っていても誰も感謝なんかしません。
  「今は私が作ったものを喜んで使ってもらえるというのが本当に嬉しいですね。以前夏休みの子供の木工教室をしたときに、ある奥さんに「山岸さん?私の家の下駄箱作ってくれた人ですよね。すごく気に入って使ってます!」って言ってもらえて、そらもうすごく嬉しかったです。自分の作ったものが喜んで頂けると職人冥利に尽きます。」
  作ってもらう方も自分の好みや用途を考え、「自分のために」オンリーワンの家具を作ってもらえるなんて、こんな嬉しいことはありません。
それがきっかけでいろんな縁が広がっていくことは素晴らしいではありませんか。
お話をお伺いして、みなさんも山岸さんに何か作ってもらいたくなりますよね。

JR時代に培ってきた「人間力」。

 それにしても、JRの運転手と木工技工士。なんの共通点もないように思われるのですが、それでもやはり培ってきた「人間力」は伊達ではありません。JR時代、というより特に国鉄時代には「考える」ことの大切さを教えてもらったと言います。
物事の結果だけを見ていたらわからないことを、なぜそうなるのか?という原因を考え、その結果の奥にある何かを探し出して見つけるという訓練を常にされてきました。それが今はコミュニケーション力となり、お客さんと少し話しただけでその方の要求するものを探り出す、ということに活かされているのだそうです。
細かく言われなくても大まかなイメージだけで理解して、その人が意図することを読み取る力が物作りにも絶対に必要です。
「職人の世界はごまかしがききません。仕事ぶりや腕はもちろんですが、人間性がしっかりしていないと生きていけない世界ですから。」
そうして日々人間性を磨きつつ、さらなる上を目指しています。
天然の木には、他に同じものは1つとしてなく、独自の表情を持っています。それを活かしていく工夫と経験を積むことが山岸さんの目標です。

全ては縁がもたらした天職。

 ものづくりに限らずどんな仕事でも、いやいや行ったものや無理やりやらされていることにはそれが出来上りに影響します。その反対に、楽しく前向きな気持ちでした仕事にもそれが表れます。
仕事の話をすごく楽しそうにされている山岸さんは、この仕事が本当にお好きで毎日生き生きと楽しくお仕事されているんだろうなぁということが容易に想像できます。
そして、そんな山岸さんの作品には人間的な温かみを感じるのです。

 「ホンマに、好きなことさせてもろて、好きな物作らせてもろて、それでお給料ももらって、ありがたいことです。」と優しい目で語る山岸さん。 アイワホームの社長に「うちで働かへんか?」って言われたときは「えー?ほんまかいな!?ええんかいな?」と、初めは信じられない気持ちだったそうです。
「自分がもし経営者なら60近い未経験のおっさんなんか絶対よう雇わんもん(笑)  それをこのご時勢に『ボケへん限りは首にはせん!』って言ってくれてますから、経営者としてエライなぁ、と思いますね。だから、その期待に応えられるようにも、今のこの仕事を与えてもらったご恩返しにも、がんばらな!って思ってます。そんな風に思える社長に出会えたのも、あの時『たまたま』アイワの家を見学させてもろたことからの縁。私の創った家を見てもらった縁。実は今、息子もアイワで大工見習いをしています。そして私の口利きで、私と初めて取引をして下さった製材所の息子さんもアイワの営業で頑張っています。これも「家がつなぐ縁」ですね。前向きな縁は発展しつづけています。」

飽くなき挑戦。「現状に満足すればそこで成長は終わる。」

 仕事熱心であり勉強熱心な山岸さんは、現在とあるデザイン関係の国家試験に挑戦中で、毎晩仕事後に資格の勉強をされています。
「もっとデザインの勉強がしたいんです!というのも、いろんな物を作ってきて学んだことは、物作りはデザイン力が勝負や、っちゅうことなんです。実際に作る仕事は道具がやります。でも、もっといいものを作ろうと思ったら、やっぱりデザインの幅を広げることが大事かなぁと。」
終身雇用制でサラリーマンの一生が保障されていたのも今は昔。この厳しい時代にはもっともっと勉強して自分を磨くことの必要性を強く感じておられます。
「物作りも現状で満足しているようじゃダメなんです。作りながらでも『ここがまずいな』とか『もうちょっとこうした方がええんとちゃうかな』ということがわからないとダメですね。自分の仕事に満足してしまったらそこで終わりですもん。毎回いつも改良点を見つけて失敗を次に活かすことができなければ成長しないでしょう。だから、そのためにはもっともっと勉強してどんどん上を目指さないと!!」
いくつになっても常に向上心を持っておられること、しっかり目標を持って前に向かって進んでおられる姿には頭が下がりますし、我々若い世代も見習うべきところです。 人間一生、勉強ということですね。

将来の夢は一から自分の家を建てること。

 インタビュー中、終始キラキラした笑顔だった山岸さんが、最後に将来の夢について語ってくれました。
「自分の思うように一から全部家を建てること!アイワのエコZ断熱材を使って冷房、暖房のいらないエネルギーを使わない家を作るのが夢なんです。頭の中にもうすでにイメージはあるんやけど、完全無冷房・無暖房となるとかなりの広さが必要になってくるから、あとは資金の問題です(笑) 今の仕事はすごく楽しくさせてもらってますが、年齢的に疲れやすくなってくるから70歳ぐらいまでかなぁ?引退したら地域で建具修理のボランティアをして余生を過ごしたいですね。」
引退するにはまだまだ早い!と感じてしまうほど若々しく生き生きしている山岸さん。
最後に「これ、ボクの名刺。」と言って渡してくれた木工細工のおもちゃには、山岸さんの温もりと茶目っ気、人柄の良さがあふれ出ていました。 作品には「人間性」が出るもんですね。

作る方もハッピー、作ってもらう方もハッピー。 それがもの作りの基本ではないでしょうか。 引退するまでにもっともっとたくさんの作品といろんな縁を作って、多くのお客さんを喜ばせてあげてください!

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