先日、地元の資料をあれこれ見返していたときに、ふと目に留まった一枚の写真がありました。
大きな滑り台と、水族館のような建物。そして「水道遊園」という、聞き慣れない文字。
これ、いったいどこの写真だと思いますか?
答えは、吹田市朝日が丘町にある「片山浄水所」です。
万博記念公園でも、千里ニュータウンでもありません。今も現役で稼働している、あの浄水所の敷地内に、かつて本格的な遊園地があったのです。
その名も、
「吹田市水道遊園 虹ますセンター」
今回は、地元・吹田で長く仕事をしてきた者として、ほとんど姿を残していないこの「幻の遊園地」の歴史をたどってみたいと思います。
この記事でお伝えしたいこと
- 片山浄水所の開設(1951年)と、豊富な地下水を利用したニジマス養殖(1万匹)の始まり
- 1968年オープン「吹田市水道遊園 虹ますセンター」が造られた3つの目的(水道PR・用地活用・理科教育)
- 水族館、釣り堀、府内最大のワイド滑り台、大阪市電の払い下げ休憩所など驚きの充実設備
- 年間8万人以上が訪れた賑わいと、伝統野菜「吹田くわい」保存栽培との接点
- 1981年の配水池拡張に伴う閉園と、今に残るモニュメント・2026年3月誕生の「片山地下水100%水飲み場」
場所は現在の「片山浄水所」
虹ますセンターがあったのは、吹田市朝日が丘町にある「片山浄水所」の敷地内です。
片山浄水所が開設されたのは1951年(昭和26年)。当初は大阪市から受けた水道水を市内へ供給する役割を担っていましたが、その後、井戸や地下水を処理する設備が整備され、1953年(昭和28年)から片山地区の地下水を利用した浄水処理が始まりました。
この「豊富な地下水」こそが、後の虹ますセンター誕生のきっかけになります。
きっかけは「ニジマスの養殖」だった
片山浄水所でニジマスの養殖が始まったのは、1964年10月のこと。
浄水所には豊富な地下水があり、その冷たくきれいな水を利用してニジマスを育てることになりました。稚魚は滋賀県や福井県などから取り寄せ、最盛期には約1万匹ものニジマスが養殖されていたそうです。
このニジマス養殖を、さらに市民に開かれた施設へと発展させたのが「虹ますセンター」でした。1968年5月には「吹田市水道遊園条例」が制定され、同月21日、正式にオープンしています。
なぜ水道局が「遊園地」を?
「なぜ浄水所に遊園地を造ったのか」――ここが一番気になるところだと思います。
吹田市水道部の資料によると、虹ますセンターを設置した目的は大きく3つ挙げられています。
- 水道について市民にPRすること
- 施設用地を有効に活用すること
- 子どもたちの理科教育に役立てること
つまり虹ますセンターは、単なる娯楽施設ではなく、「遊びながら水道や自然について学べる体験型施設」として造られたわけです。
今でこそ浄水場やごみ処理施設の見学会は珍しくありませんが、1960年代に遊園地まで整備してしまったというのは、かなり思い切った取り組みだったのではないでしょうか。
名前から想像できない、充実の設備
「虹ますセンター」という名前だけを聞くと、小さな釣り堀のような施設を想像してしまいます。ところが、当時の様子を調べてみると、かなり本格的です。
園内には、水族館、ニジマスの養殖池、釣り堀、簡易プール、温室園芸センター、ワイド滑り台、ミニレース場、各種遊具などが設置されていました。吹田市の資料には、当時の滑り台について「府内最大のすべり台」という記録まで残っています。
さらに面白いのが休憩施設で、大阪市から払い下げられた市電の車両や市バスが置かれ、休憩所として利用されていたそうです。
ニジマスを見て、魚を釣り、プールで遊び、大きな滑り台を滑り、昔の市電で一休みする。こうして見ると、「浄水所の一角にあった施設」というより、立派な「遊園地」と呼べる内容だったことが分かります。
年間8万人以上が訪れた、地域の人気スポット
開園当初の年間入園者数は、80,243人。当時の吹田市の人口が約24万人だったことを考えると、かなり多くの人に親しまれていたことが分かります。
入園料は大人40円、子ども20円。開園期間は毎年4月1日から11月30日まで、開園時間は午前10時30分から午後4時30分までだったそうです。吹田市の資料によると、市内だけでなく近郊からも多くの人が訪れ、全国的にも珍しい施設として新聞や雑誌でも紹介されたとのこと。
私自身、アイワホームに入社したのは2005年で、虹ますセンターが閉園した後の時代からこの吹田の地に関わってきましたが、昭和40年代に吹田で子ども時代を過ごした方の中には、「子どもの頃に行ったことがある」という方も少なくないはずです。新築やリフォームのご相談で吹田の古くからのお客様とお話ししていると、こういう「街の記憶」に触れる瞬間があり、それがこの仕事の面白さのひとつだと感じています。
吹田の伝統野菜「吹田くわい」との意外な接点
調べていく中で、もうひとつ興味深い記録を見つけました。
1978年に吹田市教育委員会が発行した資料には、吹田市の伝統野菜として知られる「吹田くわい」について、保存されていた株が万博公園の日本庭園と虹ますセンターに分けて植えられていた、という記述があります。
虹ますセンターには温室園芸施設もあったため、魚だけでなく植物や自然について学ぶ場所としても利用されていたようです。
人気施設は、なぜなくなったのか
長く親しまれた虹ますセンターですが、営業がずっと続いたわけではありません。
開園当初8万人を超えていた年間入園者数は徐々に減少し、1980年には30,083人まで落ち込みました。そして1981年3月31日、虹ますセンターは閉園します。
「利用者が減ったから」と思われるかもしれませんが、吹田市の資料が示す大きな理由は、上水道施設を拡張するためでした。片山浄水所に新しい配水池などを整備する必要が生じ、遊園地として使っていた場所も、本来の「水道施設」として利用されることになったのです。実際、閉園した1981年には新たな配水池の建設工事も始まっています。
こうして約13年間親しまれた虹ますセンターは、その役割を終えました。
「虹ます」は、今も片山浄水所に残っている
虹ますセンターの閉園から、すでに40年以上。施設のほとんどは姿を消しましたが、現在の片山浄水所には、当時を知る人にとって懐かしい「虹ます」のモニュメントが残されています。
さらに、現在の片山浄水所には、ニジマスの群れと水源林に降る雨をイメージしたロゴマークも使われているそうです。遊園地そのものはなくなりましたが、「虹ます」というモチーフは、今も片山浄水所に受け継がれています。
そして2026年、片山の地下水を飲める場所が誕生
さらに2026年3月、片山浄水所には新しく水飲み場が設置されました。ここで飲めるのは、地下約300mからくみ上げた地下水を浄水した「片山の地下水100%」の水道水で、水温は年間を通しておよそ18~19℃とされています。
考えてみれば、虹ますセンターも、この豊富な地下水から始まりました。1960年代には地下水を利用してニジマスを育て、市民が遊びながら水について学ぶ施設が造られ、そして60年以上が経った今、その地下水を市民が実際に飲める場所ができています。形は変わっても、「片山の水を市民に知ってもらう」という役割は、今も続いているのかもしれません。
いつもの街にも、知らない歴史が残っている
現在の片山浄水所を見ても、ここに年間8万人もの人が訪れる遊園地があったとは、なかなか想像できません。
水族館があり、プールがあり、大きな滑り台があり、市電まで置かれていた。その始まりは「浄水所の地下水でニジマスを育ててみよう」という、ささやかな取り組みでした。
普段何気なく通っている場所も、少し昔までさかのぼってみると、まったく違う風景が見えてくるものです。吹田で家づくりのお手伝いをする中で、こうした「街の記憶」を知っていることが、お客様との会話を少し豊かにしてくれると感じています。これからも、吹田の知られざる歴史を少しずつご紹介していきたいと思います。
今 利之(こん・としゆき)
アイワホーム株式会社 マーケティングディレクター
2005年入社、吹田の地で21年。新築営業・リフォーム・メンテナンス、賃貸、工事部門など、現場の最前線で歩んできました。
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